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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)327号 判決 1999年3月17日

東京都品川区東大井1丁目9番37号

原告

株式会社加藤製作所

代表者代表取締役

加藤正雄

訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

冨永博之

弁理士 御園生芳行

神戸市中央区脇浜町1丁目3番18号

被告

株式会社神戸製鋼所

代表者代表取締役

熊本昌弘

訴訟代理人弁理士

小谷悦司

振角正一

主文

特許庁が、平成9年審判第1412号事件について、平成9年11月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「ホイールクレーン」とする特許第2101286号発明(平成元年7月11日出願、平成6年5月25日出願公告、平成8年10月22日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年1月31日に被告を被請求人として、上記特許につき無効審判の請求をし、平成9年審判第1412号事件として特許庁に係属したところ、被告は、同年5月26日、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をした。

特許庁は、同無効審判の請求につき審理したうえ、平成9年11月4日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月2日、原告に送達された。

2  本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載

(1)  本件訂正前の記載

下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側にオフセットして配置してなることを特徴とするホイールクレーン。

(2)  本件訂正に係る記載(以下、本件訂正に係る請求項1に記載された発明を「本件第1発明」という。)

下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置するとともに、上記ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなることを特徴とするホイールクレーン。

(注、下線部分が訂正個所である。)

3  本件明細書の特許請求の範囲の請求項2の記載(以下、請求項2に記載された発明を「本件第2発明」という。)

ブームを、ブーム中心線が旋回中心に対してブーム起伏シリンダに近付く方向にずれた位置に配置してなることを特徴とする請求項1記載のホイールクレーン。

4  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、(1)本件訂正請求については、<1>各訂正事項が、特許請求の範囲の減縮を目的とするもの、又は明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、願書に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、<2>本件第1発明が、審決甲第10号証に記載されているとは認められず、審決甲第2~32号証記載の発明に基づいて容易に想到できたとすることもできず、また、本件第2発明が本件第1発明を引用している以上、本件第2発明が審決甲第2~32号証記載の発明に基づいて容易に想到できたとすることはできず、さらに、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載に不備はないから、本件訂正に係る請求項1及び2記載の各発明は特許出願の際独立して特許を受けられるものであり、<3>したがって、本件訂正は、特許法134条2項1号及び3号に規定する事項を目的とし、かつ、同条5項の準用する同法126条2項から4項の規定に適合するから、本件訂正請求を認めるとし、(2)無効審判請求については、上記(1)の(2)のとおり、請求人(注、原告)の主張及び証拠方法によっては、本件訂正に係る本件発明の請求項1及び2に係る特許を無効とすることはできないとした。

なお、原告が提出した証拠方法のうち、審決甲第3号証は特開昭63-37097号公報(本訴甲第5号証の1、以下「引用例1」という。)、審決甲第4号証は実開昭63-26687号公報(本訴甲第6号証の1、以下「引用例2」という。)、審決甲第7号証は株式会社多田野鉄工所発行の「TADANO ラフターラインクレーン TR-250M」のカタログ(本訴甲第9号証、以下「引用例3」という。)、審決甲第10号証は英国Grove Coles Ltd.発行の「GROVE CRANE MODEL RT600B SERIES」のサービスマニュアル(本訴甲第12号証の2、以下「引用例4」という。)、審決甲第12号証は特公昭57-41391号公報(本訴甲第13号証の1、以下「引用例5」という。)である。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本件第1発明が引用例4に記載されているとは認められないとの判断は認める。

審決は、本件第1発明及び本件第2発明が、審決甲第2~32号証記載の発明に基づいて容易に想到できたとすることができないと誤って判断し(取消事由)、特許出願の際独立して特許を受けられるものであって本件訂正請求が認められるとの誤った判断により、本件発明の要旨の認定を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(進歩性の判断の誤り)

(1)  審決は、本件第1発明の進歩性に関し、「『走行時の側方視界を良くしたい』という点及び『回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする』という点を解決すべき課題として、『上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置する』点及び『ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなる』点を記載してある証拠は何ら見いだせず、単に、ブームが回転中心に対しオフセットしていたり、側方視界を考慮した配置のホイールクレーンが記載されているにすぎない。・・・解決すべき課題がいかなる証拠にも記載されていない以上、甲各号証記載の発明を如何に組み合わせても本件の請求項1記載の発明(注、本件第1発明)が容易に想到できたとすることはできない。」(審決書18頁1行~19頁2行)と判断したが、それは誤りである。

(2)  すなわち、引用例1、2には、従来例(引用例1については第4図、引用例2については第3図)では側方視界が悪くなることから、実施例(各第1図)のように、ブームを運転者の標準視点位置(各第1図P点)よりも十分低くすることが記載されており、ホイールクレーンにおいて、走行時の側方視界を良くしたいという技術課題、及びその課題の解決のため、ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置することが開示されている。

また、引用例4は、昭和63年12月に株式会社ワールドサンプルカタログセンターが購入しているものであって(甲第12号証の1)、本件出願前に頒布された刊行物であるところ、そのホイールクレーンの側面図(2-15-10頁)には、ブームを下げた状態で起伏シリンダと回転接手とがぶつからないように、起伏シリンダがずらして配置されていることが示されている。さらに、引用例5の第2図は、ホイールクレーンにおいてブームが下げられて水平となった状態の側面図であるが、起伏シリンダ(同図の符号「HC」)が、回転接手を構成する旋回弁ユニット(同図の符号「DV」)及び集電還ユニット(同図の符号「CR」)とぶつからないようにずらして配置されていることが示されている。

このように、引用例4、5には、回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くするために、起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように、ずらして回転接手の側方に配置することが記載されている。

(3)  審決は、引用例4、5につき、「甲第12・・・号証(注、引用例5)等に記載された起伏シリンダが二本のクレーンを考察すると、起伏シリンダが二本の場合は、バランス上ブームの両側に配置することは一般的な設計事項であり、そのときには回転接手との干渉は生じることはない。しかしながら起伏シリンダが一本の場合はバランス上一般的には起伏シリンダをブームの中央に配置することとなり、回転接手との干渉が生じ、充分ブームを倒伏させることができないことになる。したがつて、起伏シリンダが一本のクレーンと起伏シリンダが二本のクレーンは、それぞれ周知のものであるが、回転接手との干渉の問題からすれば技術的課題においてそもそも相違があり、起伏シリンダが二本のクレーンから一本の起伏シリンダを取り除けば本件発明が想到可能であるということは到底できない。なお、甲第10号証(注、引用例4)のクレーンも、・・・起伏シリンダが二本のクレーンである可能性が高い」(審決書16頁17行~17頁19行)と判断した。

引用例4、5に記載されたクレーンが2本の起伏シリンダを有することは認めるが、審決の該判断は誤りである。

すなわち、起伏シリンダを2本有するクレーンの場合に、該2本の起伏シリンダをブームの両側に配置するとは限らない。引用例3は、昭和56年3月に開催された建設機械展示会において配布されたカタログであり(甲第35号証)、本件出願前に頒布された刊行物であるところ、その1枚目(表紙)、2枚目及び3枚目の写真には、ブームの中央に2本の起伏シリンダを並べて設けたクレーンが示されている。このように、起伏シリンダが2本のクレーンであっても、それがブームの両側に配置されているものと、ブームの中央に並べて配置されているものとがあるから、起伏シリンダが2本であるか1本であるかによって、起伏シリンダをブームの中央に配置するか、中央からずらして配置するかが決まるものではない。

そして、上記のとおり、起伏シリンダを2本有するクレーンにおいて、ブームを低く下げたときに起伏シリンダと回転接手とがぶつかるような場合、起伏シリンダを回転接手のある位置からずらして配置することが、引用例4、5に開示されているのであるから、起伏シリンダが1本であるクレーンにおいても、起伏シリンダを、回転接手とぶつかるのを避けるために、回転接手のある位置から、キャビン側又はその反対側にずらして配置することは、当業者において容易に想到し得ることである。その場合に、起伏シリンダを、旋回中心に対してキャビン側の反対側にずらして回転接手の側方に配置するようなことは、当業者が必要に応じて適宜採用し得ることにすぎない。

(4)  審決は、本件第2発明の進歩性に関し、「当然に本件の請求項2記載の発明(注、本件第2発明)も、請求項1記載の発明(注、本件第1発明)を引用している以上、甲各号証記載の発明に基づき容易に想到できたとすることはできない。」(審決書19頁3~6行)と判断したが、上記のとおり、本件第1発明が当業者に容易に想到できたものであり、かつ、本件第1発明において、ブームを、ブーム中心線が旋回中心に対してブーム起伏シリンダに近付く方向にずれた位置に配置すること(本件第2発明)は、当業者が必要に応じて適宜採用し得ることであるから、審決の上記判断も誤りである。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(進歩性の判断の誤り)について

(1)  本件第1発明が解決すべき技術課題は、審決の認定のとおり、「走行時の側方視界を良くしたい」という点及び「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という点(審決書16頁2~6行)にあるが、ホイールクレーンが公道を自走するものである以上、走行時においてキャビン内の運転者の側方視界を良くすることは、引用例1、2の記載を待つまでもなく、極めて普遍的な技術課題といえる。そして、従来、この普遍的な技術課題を解決する手段として、クレーン車には、引用例4、5に示されるような、走行時(ブームの倒伏時)にブームをキャビンの屋根の高さで前方に真直ぐ伸ばして配置するタイプ(以下「第1タイプ」という。)と、引用例1、2に示されるような、走行時(ブームの倒伏時)にブームを運転者のアイポイントより下の位置で前下がり状態又は水平状態に配置するタイプ(以下「第2タイプ」という。)とがあった。

本件第1発明は、第2タイプのクレーン車において、ブームを更に低く配設して走行時の側方視界をより一層良好にするため、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」ことを、もう一方の技術課題とするものである。

これに対し、第1タイプのクレーンでは、ブームは走行時の倒伏状態でキャビンの屋根の高さで前方に真直ぐ伸びており、運転者のアイポイントよりも上方位置でキャビンの側方を横切るように配置されているため、元々、走行時の側方視界は十分に確保されており、走行時の側方視界をより一層良好にするという要請はないが、仮に、側方視界をより一層良好にしようとすれば、第2タイプのクレーン車と異なって、ブームを更に上方に上げる必要があり、本件第1発明のようにブーム位置を低くしては、却って側方視界を損ねることになるから、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題自体が存在しないことは明らかである。また、引用例1、2にも、走行時の側方視界を良くするという普遍的一般的な技術課題を前提としたものが示されているにすぎず、上記「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題と、その解決手段が記載されているものではない。

原告は、引用例4、5に、回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くするために、起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように、ずらして回転接手の側方に配置することが記載されていると主張する。確かに、引用例5には、起伏シリンダを回転接手からずらして配置する構成(オフセット構成)が示されているが、引用例5記載の発明は第1タイプのクレーン車であって、そのオフセット構成は、回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けてブームを低くするためのものではない。また、引用例4にはオフセット構成そのものが明示されているわけではなく、仮にこれが示唆されているとしても、引用例5と同様、その目的は回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けてブームを低くすることにあるのではない。

このように、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題は、原告主張のように引用例4、5に記載されているものではなく、引用例1、2等、本件審判において提出されたその他の証拠に開示されているものでもない。

(2)  また、原告は、引用例4、5に、起伏シリンダを2本有するクレーンにおいて、起伏シリンダを回転接手のある位置からずらして配置することが記載されているから、起伏シリンダが1本であるクレーンにおいても、起伏シリンダを、回転接手とぶつかるのを避けるために、回転接手のある位置から、キャビン側又はその反対側にずらして配置することは、当業者において容易に想到し得ると主張する。しかしながら、起伏シリンダを2本有するクレーンでは、バランス上、ブームの中心線に対して対称となるように、その両側に2本の起伏シリンダを配置することが一般的であり、その場合に、起伏シリンダを回転接手に対してオフセットするか、しないかは、通常の設計事項の範囲内である。引用例4、5に記載されたクレーンは、このような一般的な設計に基づき、起伏シリンダをブームの中心線に対して対称となるように、かつ、回転接手に対してオフセットして配置したものにすぎない。これに対し、本件第1発明は、起伏シリンダが1本で、かつ、第2タイプのクレーン車において、バランスを多少犠牲にしても、起伏シリンダを、回転接手との干渉を避けるためにオフセット配置することにより、ブームを一層低い位置に配設し得るよう工夫したものである。

そして、上記のとおり、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題が開示された証拠がないのに、バランス上、2本の起伏シリンダをブームの中心線に対して対称となるようにオフセット配置した構成が示されている引用例4、5記載の発明に基づいて、1本の起伏シリンダを、バランスをあえて犠牲にしてキャビンと反対側にオフセットして配置した本件第1発明の構成は、当業者といえども容易に想到することができたものではない。

(3)  したがって、本件第1発明の進歩性に関し、「解決すべき課題がいかなる証拠にも記載されていない以上、甲各号証記載の発明を如何に組み合わせても本件の請求項1記載の発明(注、本件第1発明)が容易に想到できたとすることはできない」とした審決の判断に誤りはない。

(4)  本件第1発明自体が、当業者に容易に想到することができたものでない以上、本件第1発明において、ブームを、ブーム中心線が旋回中心に対してブーム起伏シリンダに近付く方向にずれた位置に配置してなる本件第2発明が、当業者に容易に想到することができたものでないことは明らかである。

したがって、「本件の請求項2記載の発明(注、本件第2発明)も、請求項1記載の発明(注、本件第1発明)を引用している以上、甲各号証記載の発明に基づき容易に想到できたとすることはできない」とした審決の判断にも誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(進歩性の判断の誤り)について

(1)  本件訂正請求書に添附された訂正明細書(甲第38号証の2)には、「従来の技術」として、「この構成のホイールクレーンにおいては、走行時の倒伏状態で図示のようにブーム4がキャビン3の左側方を横切る状態となる。この場合、ブーム4ができるだけ低い位置、すなわち、キャビン3内での運転者の垂直および水平方向の標準視点位置(所謂アイポイント)Pよりもできるだけ下方位置でキャビン側方を横切るようにすれば、走行時の側方視界が良くなり、運転者の疲労も少なく、走行安全上好ましいものとなる。従来クレーンにおいては、この観点から、・・・ブーム4をできるだけ低い位置に倒伏させるようにしている。」(同号証2頁14~22行)と、「発明が解決しようとする課題」として、「ところが、走行時のブーム倒伏状態でブーム起伏シリンダ6が重なる旋回中心Oには、下部走行体Aおよび上部旋回体B双方の配管類(油圧配管および電気配線)を旋回中心Oまわりに回転自在に接続する回転接手8が垂直に配置される。この回転接手8は、電気配線を接続するスリップリング8aと、油圧配管を接続するスイベルジョイント8bとが上下に連結されて成り、スリップリング8aが上部旋回体B側に突出する状態で旋回中心O上に配置される。従って、この回転接手8(スリップリング8a)との干渉を避けるためにブーム起伏シリンダ6を回転接手8よりも上方に配置しなければならないため、その分、ブーム位置が高くなる。このため、走行時の側方視界を良くしたいという目的が十分達成されないこととなっていた。」(同2頁24行~3頁4行)と、「発明の効果」として、「本発明によるときは、ブーム起伏シリンダを回転接手の側方にオフセットして配置することにより、同シリンダと回転接手の干渉の問題がなくなるため、ブームを最大限低い位置に配置することが可能となる。これにより、側方視界を改善して運転者の疲労を軽減し、走行安全性を高めることができる。」(同5頁28行~6頁2行)と、それぞれ記載されており、これらの記載と明細書添附の図面第1~第3図(甲第3号証の1、なお本件訂正請求に係る図面の訂正はない。)の図示とによれば、本件第1発明は、走行時ブームがキャビンの側方を倒伏状態で横切るホイールクレーンにおいて、ブーム倒伏時に、回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くすることを技術的課題とし、これを解決するため、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1記載の構成を採用したものであり、これにより側方視界を良くして運転者の疲労を軽減し、走行安全性を高めることができるという作用効果を奏するものであると認められる。

(2)  他方、引用例1(甲第5号証の1)には、「この実施例クレーンにおいては、ブーム6を、クレーン走行時の倒伏姿勢で運転室5aの左側面下部(運転室高さ中心より下方)を横切るように、ブーム6を、従来クレーンのブーム3よりも低位置で旋回フレーム5に取付け、ブーム起伏シリンダ6aをブーム下方においてブーム6に近接してかつほぼ平行状態で、ブーム下面に突設されたブラケット63と旋回フレーム5との間に設けている。このレイアウトとすれば、従来クレーンでは走行時にブーム3が運転室1aの左側面上部、すなわち運転者の目の高さ位置(第1図および第4図のPは運転者の標準視点位置を示す)を横切るのに対し、ブーム6が運転者の目の高さよりも下方で運転室5aの左側方を横切るため、このブーム6が側方視界の妨げとならず、走行安定性が向上することとなる。」(同号証2頁右下欄5~末行)との記載があり、この記載と図面第1図の図示とによれば、引用例1には、走行時ブームがキャビンの側方を倒伏状態で横切るクレーン車において、走行時(ブーム倒伏時)にブーム位置を運転者の標準視点位置(アイポイント)より低くすることにより、側方視界を良くして走行安全性を高めることが記載されているものと認めることができる。

また、引用例2(甲第6号証の1)には、「考案の目的」として、「本考案は、走行時における運転室からの側方(ブーム側)視界を改善することができるホイールクレーンを提供するものである。」(同号証4頁4~6行)と、「実施例」として、「このクレーンにおいては、上記のようにブーム6がクレーン走行時にほぼ水平姿勢で運転室5bの左側面下部、すなわち運転室5bの高さ中心Oより下方を横切る状態となるように旋回フレーム5aに取付けられ、かつブーム起伏シリンダ7が、このブーム6の下方においてブーム6とほぼ平行な状態でブーム下面と旋回フレーム5aとの間に取付けられているため、クレーン走行時にブーム6およびブーム起伏シリンダ7が運転室5b内の運転者の視点(標準は図のP位置)より遙か下方に位置し、運転者の目の高さで左側方または左前方視界を横切るブーム部分およびシリンダ部分が一切なくなる。したがって、クレーン走行時の左側方、左前方視界が十分確保され、走行安全性が大幅に向上し、また交差点の信号や道路標識等が見やすくなる。」(同6頁19行~7頁14行)と、「考案の効果」として、「本考案によるときは、クレーン走行時の側方(ブーム側)視界を大幅に改善して、走行安全性の向上および運転者の疲労軽減を実現でき、」(同8頁4~7行)と、それぞれ記載されており、これらの記載と図面第1、第2図の図示とによれば、引用例2には、走行時ブームがキャビンの側方を倒伏状態で横切るホイールクレーンにおいて、走行時(ブーム倒伏時)にブーム位置を運転者の視点(アイポイント)よりもはるかに低くすることにより、側方視界を良くして運転者の疲労を軽減し、走行安全性を高めることが記載されているものと認めることができる。

ところで、公道を自走するホイールクレーンにおいて、走行安全性を高め、運転者の疲労を軽減するために、走行時に運転室(キャビン)内の運転者の側方視界を良くすることは、引用例1、2の記載を待つまでもなく普遍的一般的な技術課題ということができ、そのことは被告も自認するところである。そして、引用例1、2に記載されたような、走行時ブームがキャビンの側方を倒伏状態で横切るホイールクレーン(第2タイプのホイールクレーン)においては、ブーム側の側方視界は、運転者の標準視点(アイポイント)とブームの上端面の外側端とを結ぶ直線の上方領域に画定されるため、ブーム上端面の地上からの高さ位置の変化に伴って変化し、ブーム上端面の高さ位置が低ければ低いほど側方視界がより良好となることが、その構造上明らかであり、このことを併せ考えれば、引用例1、2の前示各記載は、第2タイプのホイールクレーンにおいて、走行時(ブーム倒伏時)のブーム位置を可能な限り低くするという技術課題が存在することを示しているものということができる。

しかるところ、引用例1、2の記載上必ずしも明確ではないが、そこに記載されたホイールクレーンにおいても、その構造上、ブーム倒伏状態で起伏シリンダが重なる旋回中心に、下部走行体及び上部旋回体双方の配管類(油圧配管および電気配線)を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が垂直に配置されており、ブーム倒伏時にこの回転接手と起伏シリンダとが干渉(衝突)するため、結果として、ブーム高さ位置を一定の高さからさらに低くすることが阻害されているものと考えることができる(引用例1、2には、走行時の側方視界を良くすうという普遍的一般的な技術課題を前提としたものが示されているにすぎず、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題と、その解決手段が記載されているものではないとする被告主張も、そのことを前提とするものと認められる。)。そして、そうであれば、走行時(ブーム倒伏時)のブーム位置を可能な限り低くするという前示技術課題の解決手段として、前示の起伏シリンダと回転接手の干渉を回避しつつ、起伏シリンダを回転接手の上端位置よりもさらに下げるための改良工夫を意図することが、当業者にとって格別困難であるということはできない。

(3)  他方、株式会社ワールドサンプルカタログセンター作成の証明書(甲第12号証の1)の記載によって、英国Grove Coles Ltd.発行の「GROVE CRANE MODEL RT600B SERIES」という名称(シリーズ)のホイールクレーンのサービスマニュアルである引用例4(甲第12号証の2)が、遅くとも昭和63年12月末に英国において頒布された刊行物であることが認められる。

そして、引用例4の「スイベル(SWIVELS)」との標題のある欄の説明文中には、「主スイベル装置は、油圧スイベル、エアー/油圧スイベル及び電気スイベルからなる3つの部分の組立構成品である。連続360°旋回するため、キャリアと上部旋回体との間で油、エアーまたは電気を移送するために堅固な接続は使えない。」(同号証訳文1頁3~5行)との記載があり、この記載と、「スイベル組立(Swivel Assembly)」との標題のある図(同号証2-13-4頁)に示された、円筒形状の油圧スイベル4と、その上に同心状に設けられ底面積がスイベル4の上面より小さい円筒形状のエアー/油圧スイベル3と、さらにその上に同心状に設けられた底面積がスイベル3の上面より大きい直方体状の電気スイベルカバー1等からなるスイベル組立体の構造とによれば、該スイベル組立体は、キャリアと上部旋回体との間で360度回転するとともに、油や電気をキャリアから上部旋回体に供給するものであって、本件第1発明の回転接手に相当するものであることが認められるところ、引用例4の「注油一覧図(2葉中1葉目)(Lubrication Diagram (Sheet 1 of 2))」との標題のある欄(同号証2-15-10頁)に掲記された、ブーム倒伏状態のホイールクレーンの運転室側からみた側面図には、水平に近い状態となった起伏シリンダ9と、キャリアから上部旋回体に垂直に延び出した前示スイベル組立体の先端部分とが重なった状態となり、その重なった部分の起伏シリンダの可視部分が実線により、スイベル組立体が破線によりそれぞれ図示されている。そして、引用例4に記載されたホイールクレーンが2本の起伏シリンダを有することは当事者間に争いがなく、このことを併せ考えると、引用例4に記載されたホイールクレーンは、ブーム倒伏状態で、互いに平行な2本の起伏シリンダが、スイベル組立体(回転接手)を挟むようにして、その両側に位置するように配設されているものと推認することができる。そうであれば、このホイールクレーンは、起伏シリンダを回転接手からずらして配置する構成(オフセット構成)を採用することにより、起伏シリンダと回転接手との干渉を避けつつ、起伏シリンダを回転接手の上端位置よりもさらに下げることを可能としたものであることが認められる。

そうすると、前示引用例1、2に記載されたホイールクレーンに、引用例4に記載された起伏シリンダを回転接手からずらして配置する構成(オフセット構成)を採用することによって、ブーム倒伏時に、起伏シリンダと回転接手との干渉を避けつつ、起伏シリンダを回転接手の上端位置よりもさらに下げるようにし、その結果として、ブーム位置が一層低くなるようにすることは、当業者において容易に想到することができたものというべきである。また、その場合に、起伏シリンダを、旋回中心に対してキャビン側の反対側にずらして回転接手の側方に配置するようなことは、当業者が必要に応じて適宜採用し得ることである。

(4)  もっとも、引用例4(甲第12号証の2)の「注油一覧図(2葉中1葉目)」(同号証2-15-10頁)に掲記された前示側面図には、倒伏状態のブームが、運転室の屋根付近の高さで、概ね水平状態で前方に伸びていることが図示されており、これによれば、引用例4記載のホイールクレーンは第1タイプに属するものであることが認められるところ、被告は、引用例4に記載されたような第1タイプのクレーンにおいては「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題が存在せず、また、この技術課題は引用例1、2等、本件審判において提出されたその他の証拠に開示されているものでもないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、引用例1、2に、第2タイプのホイールクレーンにおいて、走行時(ブーム倒伏時)のブーム位置を可能な限り低くするという技術課題が存在することが示されているものと認められ、しかも、ブーム倒伏時に回転接手と起伏シリンダとが干渉する結果、ブーム高さ位置を一定の高さからさらに低くすることが阻害されていることから、該技術課題の解決手段として、前示の起伏シリンダと回転接手の干渉を回避しつつ、起伏シリンダを回転接手の上端位置よりもさらに下げるための改良工夫を意図することが当業者にとって格別困難であるということはできないものであり、したがって、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題は、これを明示的に記載した公知文献がないとしても、当業者にとって当然着想し得るものであるというべきである。そして、引用例4に、起伏シリンダを回転接手からずらして(オフセットして)配置することにより、起伏シリンダと回転接手との干渉を避けつつ、起伏シリンダを回転接手の上端位置よりもさらに下げることを可能とする構成が記載されていることは前示のとおりであり、そうすると、引用例4に記載されたホイールクレーン自体が第1タイプのものであるからといって、該構成を引用例1、2に記載された第2タイプのホイールクレーンに採用することが困難であるとは認められない。

したがって、被告の前示主張を採用することはできず、この主張と同旨の「『走行時の側方視界を良くしたい』という点及び『回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする』という点を解決すべき課題として、『上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置する』点及び『ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなる』点を記載してある証拠は何ら見いだせず、単に、ブームが回転中心に対しオフセットしていたり、側方視界を考慮した配置のホイールクレーンが記載されているにすぎない。・・・解決すべき課題がいかなる証拠にも記載されていない以上、甲各号証記載の発明を如何に組み合わせても本件の請求項1記載の発明(注、本件第1発明)が容易に想到できたとすることはできない。」(審決書18頁1行~19頁2行)とした審決の判断は誤りといわなければならない。

(5)  引用例4に記載されたホイールクレーンが2本の起伏シリンダを有することは前示のとおりであるところ、被告は、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題が開示された証拠がないのに、バランス上、2本の起伏シリンダをブームの中心線に対して対称となるようにオフセット配置した構成が示されている引用例4記載の発明に基づいて、1本の起伏シリンダを、バランスをあえて犠牲にしてキャビンと反対側にオフセットして配置した本件第1発明の構成は、当業者といえども容易に想到することができたものではないと主張する。

しかしながら、「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という技術課題を明示的に記載した証拠(公知文献)がなくとも、該技術課題は、当業者にとって当然着想し得るものであることは前示のとおりである。

のみならず、起伏シリンダが1本のホイールクレーンにおいて、ブーム中心線と起伏シリンダの中心線との間にギャップが存在すれば、ブーム及び起伏シリンダに偏荷重が作用し、該ギャップが大きいほど偏荷重も大きくなることは明らかであるから、偏荷重の発生を防ぐためには、起伏シリンダをブームの中央部分に配置することが好ましいことはいうまでもないが、ブーム及び起伏シリンダに偏荷重が作用したとしても、そのことによって直ちにクレーンによる吊上げ、吊下げ作業に支障を来すというものではなく、結局、作用する偏荷重の程度如何の問題に帰着することも、技術常識というべき事柄である。すなわち、起伏シリンダをブームのどの位置に配設するかは、偏荷重の作用及び当該起伏シリンダの位置自体等によって、クレーンによる吊上げ、吊下げ作業に支障を来たさない範囲で任意に設定することができるものであり、そのことは、起伏シリンダが1本の場合と、2本の場合とで変わるところはない。したがって、起伏シリンダが1本であるからといって、必ずしもブームの中央にこれを配置しなければならないものではないし、また、起伏シリンダが1本のホイールクレーンと、これを2本有するホイールクレーンとの間に、起伏シリンダと回転接手の干渉に起因する技術課題において質的な相違があるとすることもできない。

そうすると、引用例4に記載されたホイールクレーンが2本の起伏シリンダを有していることにより、これを回転接手からずらして配置した場合の荷重のバランスが取れているからといって、そのことが、引用例1、2に記載されたホイールクレーンに、引用例4に記載された起伏シリンダを回転接手からずらして配置する構成(オフセット構成)を適用するに当たって、その妨げになるということはできない。

したがって、被告の前示主張を採用することはできず、また、「起伏シリンダが二本の場合は、バランス上ブームの両側に配置することは一般的な設計事項であり、そのときには回転接手との干渉は生じることはない。しかしながら起伏シリンダが一本の場合はバランス上一般的には起伏シリンダをブームの中央に配置することとなり、回転接手との干渉が生じ、充分ブームを倒伏させることができないことになる。したがって、起伏シリンダが一本のクレーンと起伏シリンダが二本のクレーンは、それぞれ周知のものであるが、回転接手との干渉の問題からすれば技術的課題においてそもそも相違があり、起伏シリンダが二本のクレーンから一本の起伏シリンダを取り除けば本件発明が想到可能であるということは到底できない」(審決書16頁19行~17頁13行)とした審決の判断は誤りといわなければならない。

2  以上のとおりであるから、本件第1発明が進歩性を備えるものとし、特許出願の際独立して特許を受けられるものであるとした審決の判断は誤りであり、そうすると、審決が本件訂正請求を認めたことは、本件第2発明が独立特許の要件を備えるかどうかについて検討するまでもなく、違法というべきであって、この瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことは明白である。

よって、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成9年審判・第1412号

審決

東京都品川区東大井1丁目9番37号

請求人 株式会社加藤製作所

東京都大田区蒲田1丁目2番21号 御園生特許事務所

代理人弁理士 御園生芳行

兵庫県神戸市中央区脇浜町1丁目3番18号

被請求人 株式会社神戸製鋼所

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 小谷悦司

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 植木久一

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 長田正

大阪府大阪市西区靭本町2丁目3番2号 住生なにわ筋本町ビル 三協国際特許事務所

代理人弁理士 振角正一

上記当事者間の特許第2101286号発明「ホイールクレーン」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

訂正を認める。

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

1、理由

(1)手続きの経緯

本件特許第2101286号の発明は、平成1年7月11日に特許出願がなされたものであって、平成8年10月22日に特許の設定登録がされ、平成9年1月31日に特許の無効の審判請求人株式会社加藤製作所より当該特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とすべきとの審判が請求されたものであって、その後、特許権者株式会社神戸製鋼所から平成9年5月26日に訂正請求がされたものである。

(2)特許無効の請求の理由の概要

特許の無効の審判請求人は、証拠方法として甲第2号証~甲第32号証を提示したうえで、以下の理由で本件特許は無効となるべき旨主張している。

イ、本件特許の請求項1に係る発明は、甲第10号証記載の発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定に違反しているか、或いは甲第10号証記載の発明に他の甲各号証記載の発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反しており、特許法第123条第1項第2号の規定に該当するから無効とされるべきである。

ロ、本件特許の請求項2に係る発明は、甲各号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反しており、特許法第123条第1項第2号の規定に該当するから無効とされるべきである。

ハ、本件特許明細書は、その発明の詳細な説明の欄、請求項1、請求項2のそれぞれの記載につき不備があるから、特許法第36条第4、5項の規定に違反しており、特許法第123条第1項第4号の規定に該当するから無効とされるべきである。

ニ、特許権者がした平成9年5月26日付け訂正請求は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるから、特許法第134条で準用する特許法第126条第3項の規定に違反しているから訂正は認めることができず、上記イ~ハの理由により無効とされるべきである。

(3)甲各号証の証拠能力の認否

そこで、まず甲各号証の証拠能力につき検討するに、甲第2~6号証、甲第12~18号証、甲第26号証、甲第28~29号証、甲第31~32号証については本件に係る出願前に頒布された刊行物と認められるが、その余の甲各号証は、頒布された日が不明瞭であるか、本件に係る出願の日以後に出願された他の出願に係る刊行物等であるか、無効審判請求人が説明のため新たに作成した書面であり、本件に係る出願前に頒布された刊行物とただちに認められるものではない。

しかし、一応本件に係る出願前に頒布された刊行物と推定した上で無効請求理由につき検討することとする。

(4)本件特許に係る訂正の要旨

平成9年5月26日付け訂正請求は、特許請求の範囲及び明細書について、以下のとおり訂正しようとするものである。

(訂正事項a)

特許請求の範囲の記載において、

「1. 下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側にオフセットして配置してなることを特徴とするホィールクレーン。

2. ブームを、ブーム中心線が旋回中心に対してブーム起伏シリンダに近付く方向にずれた位置に配置してなることを特徴とする請求項1記載のホイールクレーン。」

を、

「1. 下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、

上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置するとともに、

上記ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなることを特徴とするホイールクレーン。

2. ブームを、ブーム中心線が旋回中心に対してブーム起伏シリンダに近付く方向にずれた位置に配置してなることを特徴とする請求項1記載のホイールクレーン。」

と訂正する。

(訂正事項b)

本件特許の明細書第5頁第12行~第6頁第5行(公告明細書第4欄第1~13行)「請求項1の発明は、下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側にオフセットして配置してなるものである。」を、

「請求項1の発明は、下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置するとともに、上記ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置している。」

と訂正する。

(訂正事項c)

本件特許の明細書第8頁第16行~第9頁第1行(公告明細書第5棚第7~12行)「走行時に図示のようにブーム14が先下がりに大きく傾斜する倒伏状態でアイボイントPより下方位置でキャビン左側を横切るように構成している。

こうすれば、走行時の左側視界を確保しつつ高揚程を得ることができる。また」

を、

「走行時に図示のようにブーム14が先下がりに大きく傾斜する倒伏状態に配置しており、このようなブーム構成としても、ブームを低い位置に配置することができるため、アイポイントPより下方位置でキャビン左側を横切るように構成することができる。

したがって、上記実施例では走行時の左側視界を確保しつつ高揚程を得ることができ、かつ、」と訂正する。

(5)訂正の適否

(訂正事項a)について

訂正事項aは、本件特許の請求項1に記載された

「上記キャビン側と反対側にオフセットして配置」を

「上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置」

に訂正することで、ブーム起伏シリンダのオフセット方向を一方向に限定するとともに、同シリンダの配設位置を回転接手の側方に限定しようとするものであり、このようにブーム起伏シリンダをキャビン側と反対側のみにオフセットして同シリングを回転接手の側方に配置する横成については、明細書第7頁第14~19行(公告明細書第4棚第36~43行)、同第8頁第4~6行(同欄第47~49行)、第2図および第3図に記載されている。

また、ブーム配置を「上記ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなる」という構成を追加したもので、係る構成は明細書第8頁第16~19行(公告明細書第5欄第7~10行)および第1図に記載されている。

したがって、訂正事項aは、構成に欠くことのできない事項を付加し、しかも技術的課題の変更を伴うものではないから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。

また、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、技術的課題の変更を伴うものではないから実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

(なお、訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かは後に検討する。{下記(6)参照})

(訂正事項b)について

この訂正事項bは、発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」における記載を、特許請求の範囲の訂正に適合させるために行ったものであり、訂正の根拠も上記訂正事項aと同様であるから、技術的課題の変更を伴うものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもなく、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の記載を整合させ、記載が不明瞭となることを防止するものであるから明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(訂正事項c)について

この訂正事項cは、実施例に示された発明の意義を明確化したものであり、倒伏状態で先下がりに大きく傾斜するブーム構成については第1図の記載から明らかであるとともに、かかるブーム構成を有する実施例においてブームを低い位置に配置することができる点については明細書第8頁第9~12行(公告明細書第5欄第2~4行)の「このため、…このブーム起伏シリング16が下側にずれた分だけブーム14を低い位置に配置することができる。」旨の記載から明らかであり、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、技術的課題の変更を伴うものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

したがって、この訂正は明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

(6)独立特許要件の判断

(新規性について)

訂正明細書の請求項1に係る発明は、次のとおりである。

「1. 下部走行体上に上部旋回体が搭載され、この上部旋回体には、キャビンが同旋回体の旋回中心から左右一側に位置ずれして設けられるとともに、このキャビンから上記旋回中心側に位置ずれしてブームが起伏自在に設けられ、このブームの倒伏状態での下側においてブームと上部旋回体との間にブーム起伏シリンダが設けられ、かつ、上記旋回中心上に、下部走行体と上部旋回体との間で配管類を旋回中心まわりに回転自在に接続する回転接手が設けられたホイールクレーンにおいて、

上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置するとともに、

上記ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなることを特徴とするホイールクレーン。」

これに対して、特許無効審判人が本件発明が記載してあると主張する甲第10号証には、その2-15-10頁の側面図(Lubrication Diagram)からみるに、走行時の側方視界をよくするという課題は全く想定されておらず、「ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなる」点については記載がない。

また、回転継手とブーム起伏シリンダとの位置関係は、2-15-10頁の側面図にはそれらを明示して記載しておらず「ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置する」点が記載されているとする根拠はない。

したがって、無効審判請求人の本件の請求項1記載の発明が甲第10号証に記載されているという主張は認められない。

なお、甲第10号証のクレーンは、油圧回路図(HYDRAULIC SCHEMATIC SHEET 1of3)の上方中央部分には起伏シリンダが二本として描いてあるから、本件発明とは形式が異なる起伏シリンダが二本のクレーンである可能性が高い。本件発明のような起伏シリンダが一本のクレーンと起伏シリンダが二本のクレーンの相違については、下記の進歩性についての検討の項を参照されたい。

(進歩性について)

本件の請求項1記載の発明は、「走行時の側方視界を良くしたい」という点及び「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という点を解決すべき課題として、

「上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置する」点

及び

「ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなる」点

を構成に欠くことのできない事項としているところである。

これに対し、先に、甲第12、28、29、30号証等に記載された起伏シリンダが二本のクレーンを考察すると、起伏シリンダが二本の場合はバランス上ブームの両側に配置することは一般的な設計事項であり、そのときには回転接手との干渉は生じることはない。しかしながら起伏シリンダが一本の場合はバランス上一般的には起伏シリンダをブームの中央に配置することとなり、回転接手との干渉が生じ、充分ブームを倒伏させることができないことになる。

したがって、起伏シリンダが一本のクレーンと起伏シリンダが二本のクレーンは、それぞれ周知のものではあるが、回転接手との干渉の問題からすれば技術的課題においてそもそも相違があり、起伏シリンダが二本のクレーンから一本の起伏シリンダを取り除けば本件発明が想到可能であるということは到底できない。

なお、甲第10号証のクレーンも、油圧回路図(HYDRAULIC SCHEMATIC SHEET 1of3)の上方中央部分には起伏シリンダが二本として描いてあるから、本件発明とは形式が異なる起伏シリンダが二本のクレーンである可能性が高いことは上述したとおりである。

さて、この観点から甲第2~32号証を検討するに、「走行時の側方視界を良くしたい」という点及び「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という点を解決すべき課題として、

「上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置する」点

及び

「ブームを、走行時の倒伏状態で上記キャビン内のアイポイントよりも下方位置で上記キャビンの側方を横切るように配置してなる」点

を記載してある証拠は何ら見いだせず、単に、ブームが回転中心に対しオフセットしていたり、側方視界を考慮した配置のホイールクレーンが記載されているにすぎない。

したがって、甲各号証が本件に係る特許出願前に頒布されていたか否か検討するまでもなく、解決すべき課題がいかなる証拠にも記載されていない以上、甲各号証記載の発明を如何に組み合わせても本件の請求項1記載の発明が容易に想到できたとすることはできない。

また、当然に本件の請求項2記載の発明も、請求項1記載の発明を引用している以上、甲各号証記載の発明に基づき容易に想到できたとすることはできない。

(記載不備について)

無効審判請求人は、

イ、本件に係る発明の詳細な説明には当業者が容易に発明を実施できる程度に記載がされていない。

ロ、請求項1及び2には本件発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていない。

旨主張する。

上記イの主張の根拠は、請求項1には、起伏シリンダを、その起伏シリンダの中心線とブームの中心線とが左右方向に位置ずれするように配置する旨の記載がされていないから、本件発明の偏荷重に関する作用の記載は本件発明の作用ではないというものである。

しかし、本件発明は、既に述べたように「回転接手と起伏シリンダとの干渉を避けつつ、ブーム位置を最大限に低くする」という点を一つの解決すべき課題として、

「上記ブーム起伏シリンダを、ブーム倒伏状態で上記回転接手と上下に重なり合わないように旋回中心に対し上記キャビン側と反対側のみにオフセットして上記回転接手の側方に配置する」点を要件とするものであり、本質的に起伏シリンダとブームとの位置関係は任意の構成であることは当業者において明らかである。

上記ロの主張の根拠は、請求項1記載の発明の作用として、偏荷重を小さくする点が明細書の第4欄第23~26行に記載してあるというが、当該記載個所は、請求項2に係る説明であり、これをもって請求項1の記載に瑕疵があるとできないのは、上記のとおり、本質的に起伏シリンダとブームとの位置関係は任意の構成である点からみて到底認められない。

また、請求項2の記載に不備があるとの主張も本質的に起伏シリンダとブームとの位置関係は任意の構成である点を考慮すれば認めることはできない。

(7)訂正の適否に関するむすび

以上のとおりであるから、本件特許に係る平成9年5月26日付け訂正請求は、上記(5)(6)でみたように特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、しかもこの訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であって、技術的課題の変更を伴うものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでなく、本件特許の請求項1及び2に係る発明は特許出願の際独立して特許を受けられるものである。

したがって、この訂正は、特許法第134条第2項第1号及び第3号に規定する事項を目的とするものであり、かつ、特許法第134条第5項で準用する特許法第126条第2頃から第4項の規定に適合するものである。

よって、本件特許に係る平成9年5月26日付け訂正請求は、これを認める。

(7)特許無効審判についての判断

本件無効審判の請求人の主張は、上記(2)に述べたとおりであり、これに対して特許権者のした訂正請求は上記(4)のとおりのものである。

そして、当該訂正は上記(5)、(6)のとおり認容できるものである。

ここで、上記(6)の独立特許要件の判断において示したように、上記(2)の本件無効審判の請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1及び2に係る発明を、特許出願の際独立して特許を受けることができないものとすることはできないから、当然、無効審判の請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の請求項1及び2に係る特許を無効とすることはできない。

また、他に訂正が認められた本件の請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。

平成9年11月4日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判宮 (略)

特許庁審判官 (略)

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